僕の旅はまだまだ続く

ハーレーを中心とした旅の記録

2019_四国旅2日目

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【今日のルート】尾道向島から東かがわ市

5月1日(水)

テントの中からフライシートの青い光を感じ、一瞬、ここはどこだと考えた。
ああ、今テントの中かと気づく。
夜が明けたのだ。
腕時計で確認すると5時30分。
ぐっすり寝ったような、寝てないような。
昨夜はずいぶん遅くに人の声が聞こえていたような気がするが、気のせいだろう。

テントから這い出すと、雨は上がっていた。
バイクはびっしょり濡れている。テントのフライシートにも水滴がびっしりついている。
夜の間も雨は結構降ったみたいだ。
鉛色の空の下、同じような鉛色の海を小さな漁船がポンポンと音を立てて走っている。

朝のまだ濃く冷たい空気の中で大きく深呼吸をする。
ああ、今日から令和なんだと思う。
令和時代の初日をここで迎えたのか。
全然知らない瀬戸内の島で、一人きりで迎えたこの朝のことは、忘れずにいたい。
公園の水飲み場で歯を磨く。

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テントを張った公園の朝

荷物をまとめるが、どこもかしこも濡れているので、やりにくい。
濡れたテントは仕方ないからそのままパッキングし、バイクに括り付ける。
ブーツを履き、革ジャンを着込み準備完了。

今日は、瀬戸大橋を渡り、いよいよ四国に上陸だ。
香川、徳島あたりまで行きたいが、まあ、いずれにしても昨日ほどの長距離にはならないだろう。

昨日来た道を通り、尾道まで戻る。
ゴールデンウィーク期間中の早朝の向島のメインルートには、まだほとんど車は走っていない。
西瀬戸大橋を越え、尾道隧道を渡り、2号線で福山方面を目指す。
途中、鞆の浦18kmという案内表示があった。
あの鞆の浦か。江戸時代の港、古い町並み、日本遺産、ポニョ・・・
往復で1時間ってところか、急ぐ旅ではなし、行ってみるかということで、2号線を右に折れ、県道47号線に入る。
しばらく田園風景の中を走ると、右手に瀬戸内の海が見えた。穏やかな海だ。分厚い雲の向こうにおぼろげに朝日が見え、鉛色の海にわずかなオレンジ色を映す。

県道はやがて海から山へ入り、一山越えて、海に向かって下りると、そこが鞆の浦だった。
海辺の突端に、古い町並みがそのまま残っていて、密集した古い町屋の建物が連なる中、軒下のような路地を、オートバイで遠慮がちに進む。こんな狭い路地をハーレーで進んでいいのか、Uターンできる場所あるのか、まさか対向車は来ないよな、そんな心配をする。
狭い路地にはもうたくさんの観光客が歩き回っている。
こんな町、観光客としてはおもしろいが、住むのはうっとおしいだろうなと思う。休みの日の朝っぱらから家の前を観光客がぞろぞろ歩いているなんて、考えただけで、気が滅入りそうだ。
小高い丘の上に、鞆の浦博物館があり、その下の小さなコインパーキングにバイクを停める。
バイクを下り、観光客に交じって町を散策する。
なんか橋を作るって話があって、地元の人が大反対をしてるってニュースが数年前にあったよな、ポニョに出てくる風景ってどこだろうなんて、野次馬観光客として町を歩く。

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鞆の浦の港

古い町並みを路地に沿ってくねくね歩いていると、小さな港に出た。江戸時代の常夜灯が残る有名な場所らしい。観光客が大勢写真を撮っている。みんな如意棒みたいな自撮り棒にスマホを括り付け、撮影している。
僕も負けじと、一応撮っておく。

コインパーキングに戻り、バイクを出そうとゲートにお金を入れるが、ゲートが開かない。
何度もやり直しても開かない。硬貨がダメなのかと思い、違う硬貨を入れるが反応なし。やれやれと思い、連絡先はどこか書いてないかと、ゲートの周りを探していると、パーキングの脇の家から、おばさんが走ってやってきて、「ごめんなさいね、開かないんでしょ、よくあるのよ、オートバイは特にね、ちょっと待っててね、すぐ、ここの人呼んでくるから」と言って、坂の下にまた走っていった。そして、すぐ蛍光ジャンバーを着たおじさんとおばさんを連れて、さっきのおばさんが戻ってきた。
鞆の浦博物館と背中にロゴの入った蛍光ジャンバーを着たおばさんは、「ごめんなさいね、このゲート、オートバイには反応しないのよね」と言って、鍵でゲートを開けてくれた。
「私が二階で掃除していたら、ちょうどお兄さんとオートバイが見えたから、もしかしてと思ったの、よかったわー」と最初のおばさんが言った。
おじさんもやはり、鞆の浦博物館と背中にロゴの入った蛍光ジャンバーを着ていたが、にこにこしているだけで、何も言わなかった。

僕もよかったか、よくなかったか、よくわからなかったが、そんな困ったわけでもなかったし、「ありがとうございます」と言って100円を蛍光ジャンバーのおばさんに渡し、バイクにまたがったままゲートをくぐり、エンジンをかけた。
「気をつけてね」と二階のおばちゃんが言ってくれ、あとの二人も手を振ってくれた。
オートバイに反応しないとわかっているなら、オートバイ禁止にするか、ゲートを改良するか、バイクは無料にするべきだろうと突っ込みたかったが、
「ありがとうございます」なんておじぎしながら、鞆の浦を出た。
バイクが反応しないことに気付きながら、そのままにしている人柄、地域性かな?なんかそれも古い町並みと相まって、まあよしとする。

鞆の浦を出て、今度は、海沿いの県道22号線を福山市を目指し走る。
県道22号線は福山の市街地で2号線に合流し、さらに瀬戸大橋の入り口のある倉敷を目指す。

朝から何も食べておらず、空腹を感じるが、今日は、香川に入るし、令和一発目に腹に入れるのは、ここまで来たら、本場の讃岐うどんとしたい。
もう少し我慢することにする。

福山市を通過し、笠岡市に入った。カブトガニの町だ。
案内板には「カブトガニ保護センター 6km」と看板が出ている。昔、カブトガニの剥製を手に入れたことがあって、しばらくは大切にしていたが、そのうち戦闘に敗れたエイリアンのようにボロボロになって、妻から捨てなさいと言われ、泣く泣く処分したことがあったが、カブトガニ保護センターに行けば、生きているカブトガニが見れるんだろうか。
すごく行きたいが、今回の旅の目的はあくまでも四国だ。その四国にはまだ行きついていない。
この調子で、鞆の浦だ、カブトガニ保護センターだと、気の向くままに寄り道をしていたら、多分、倉敷のジーンズセンターにも行きたくなるだろうし、大原美術館にも行きたくなるかもしれない、そうしたら、今日中に香川に入れないかもしれないし、令和一発目に腹に入れるのは、うどんではなくきびだんごになるかもしれない。
残念だが、カブトガニ保護センターは次回に回すことにする。

笠岡市を過ぎると、今度は金光町というところに入った。あの金光教の総本山のある町らしい。左手にその建物が見えた。すごく大きい。おお、ここがその総本山か。知り合いにも何人か金光教の信者がいる。
今度、彼らに会ったら、自慢することにする。

金光町を過ぎると、今度は「水玉ハイウェイ」という素敵なネーミングのバイバスへの案内板があった。瞬間、草間弥生の作品が頭に浮ぶ。水玉のハイウェイ!

バイクを路肩に停め、地図を開く。
確かにあった。水島と玉野を結ぶハイウェイということで、「水玉ハイウェイ」というネーミング。草間弥生とは関係ないらしい。
この水玉ハイウェイを使うと、少しは距離の短縮になるようだ。自動二輪200円とあるが、まあ、のってみよう。200円分の価値があるかはわからないが、やはり「水玉ハイウェイ」、気になる。

まあ、予想した通り、普通のバイパスだったが、途中高梁川の河口に架かった橋からの景色は、今、山陽地方を走っているんだという雰囲気でよかった。地図にあった200円の集金所もなかった。なんせ30年前の地図だからな。
もう建設費は回収できたのだろう。
水玉ハイウェイを下り、国道430号線入る。倉敷の工場地帯だ。三菱の工場の前のガソリンスタンドで給油する。瀬戸大橋の看板が見え始める。

さあ、いよいよ瀬戸大橋だが、やはり晴れ間は見えない。曇天の空だ。鷲羽山も曇ってて見えない。
水島ICから、瀬戸中央自動車道に乗る。霧がでている。
案の上、何も見えない。
それに寒い。
霧の中を震えながら走ると、霧の中からヌオッと巨大な橋が見えてきた。
その大きさに圧倒される。
巨大な柱が何本もたち、太いワイヤーで結ばれている。
その下をミニカーのようなスケール感で、片道三車線の大きな橋を車がひっきりなしに走っている。
こんな巨大なものを人間がつくったのかと素直に驚く。
白色の空、グレーの橋、鉛色の瀬戸内の海。すべてがモノクロで、瀬戸内に架かる橋は荘厳ですらある。
橋の架かる途中の島がSAになっていて、橋から島に降りる形でSAに行けるようになっていた。
その与島SAに降りるまでの道路がくるくるらせん状になっていて、気を抜くと壁に追突しそうだ。

駐車場はほぼ満杯だった。駐輪場にバイクを停め、頭上を走る瀬戸大橋を眺める。巨大な柱が視界を覆う。

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与島SAから瀬戸大橋を眺める

展望台から香川県側に続く瀬戸大橋を眺める。
鉛色の瀬戸内の海に、グレーの橋桁が何本も何本もかすんで立っている。
今からあの橋を通って四国に入るんだということを考えるだけで気持ちが高揚する。

靄ってほとんど何も見えない海に向かって、観光客が大勢写真を撮っている。鞆の浦と同じように、みんな自撮棒にスマホを括り付けている。そんな撮ってどうする?と思うが、やはり僕も負けじと、一応撮っておく。

トイレを済ませ、本線に戻る。風が強い。
頭の中で、瀬戸内海とそこに架かる瀬戸大橋の地図を思い浮かべ、今、その橋の上を一人-トバイで走る自分の姿を思い浮かべる。
一人にやにやする。頭にあるのはハーレーダビットソンマルボロマンのオープニングの映像だ。しかし、みんなに言うと笑われるから誰にも言わないでおく。

やがて四国が見えてきた。通算4度目の四国入りではあるが、バイクで入るのは初めてで、僕にとっては、踏破すべき四国大陸である。

だが、そんな四国大陸の入り口の坂出ICで3140円払った。四国に入るのに、3140円もかかるのか、知らなかった。確か以前、電車で通った時は、高松、岡山が1800円ぐらいではなかったか。それよりずいぶん短い距離なのに、オートバイ一人なのに、むうぅと胸から湧き出すものがあるが、それはぐっと堪え、言わずにおく。
これから四国大陸の冒険が始まるのだから。

午前11:00、四国上陸。さあ、四国上陸記念、令和一発目の香川1回目のうどんを食べよう。
昨年の香川出張での経験で、香川では有名店でなくても、どの店でもうまい、ということを僕は学んでいるので、坂出ICを出てすぐ丸亀市うどん屋に迷いなく入った。

それに、讃岐うどんは釜揚げがおいしいということも学んでいるので、今回もまずは、釜揚げをと思ったが、瀬戸大橋で体が冷え切っており、かけうどん(温)を食べることに。
さらに、サイドメニューにはとり天がぴか一ということも学んでいるので、今回もとり天もチョイス。

いわゆるセルフ式のお店で、うどんを注文し、並んでいるつまみやおかずのコーナーで、とり天をとり、トレイに乗せ、次のコーナーで注文したうどんを受け取り、薬味を入れ、最後にレジでお金を払う。

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かけうどん(温)

 

まだ昼前でそんなに混んではいなかったが、次から次に人が入ってくる。観光客、工事関係者、赤ちゃん連れのお母さんたち、ベンツに乗ってきた金ぴかの男女、そんな多種多様な人が、まだ昼前の時間帯にも関わらず、みんな、うどんをズルズル食べる。
さすが、うどん県である。

あたたかいうどんが染み入る様においしい。あったまる。
一息ついたところで地図を見ながら、さあ、どこに行こうと考える。
もうやがて昼だから、今日は、徳島まではやめておくことにし、スマホで調べると、香川県東さぬき市に予約不要、海沿いの芝生のキャンプ場があると出ている。今日はそこで泊としよう。

とすると、ちょっと時間には余裕があるわけで、今日は香川県内でいくつか回ってみることにする。となると、やはりまずは有名な金毘羅さんか。時間的にもここから1時間もかからないようだ。

うどん屋をでて、国道438号線に入り、金毘羅さんのある琴平町を目指す。
香川には大きな山がない。平たい土地で、道は広く、走りやすい。
途中、満濃池の案内表示を見かけるようになった。満濃池。小学校の頃、社会科で習った。
日本最大の人工のため池。琴平町の近くらしい。

琴平町に入り、金毘羅神社の案内に従い、右折すると、目の前の小さな山に神社が見えた。
あれが金毘羅神社なのだろう。門前町が見える。にぎやかなところなんだろうなぁと考えていると、あっという間に渋滞になった。まあ、そうだろう。ゴールデンウィークのこの時期、全国から人が集まるんだろう。
ただ、こういうとき、オートバイは便利だ。気を付けないといけないが、すり抜けができる。
ハーレーみたいな大きなオートバイですり抜けするのはあまりよろしくないが、こんな時はよい。

そうして渋滞もあまりに気にせず門前町までたどり着き、信号停車していると、駐車場のおじさんが、「お兄さん1人?今ならすぐ入れるよ」と話しかけてきた。
「場所は?」「そこ」「いくら?」「500円」「何時間?」「1日」という会話の後、じゃあ商談成立ということで、そのまま左側の駐車場にバイクを入れた。後ろをみると渋滞がずらっと続いている。おじさんに500円玉を渡して、門前町に向かった。

神社に上る参道の両脇には、ずらっと店が軒を並べ、多くの観光客でいっぱいだった。
年寄りもたくさん歩いている。
参道の階段をのぼりながら、後ろを振り返ると、香川の平べったい土地がずっと奥まで見通せた。

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金毘羅さんの参道から讃岐平野を眺める

汗びっしょりになって本社までたどり着き、参拝の列に並び、しばらく待って参拝する。
旅の安全を祈願する。
本社の脇に新天皇即位の記帳所が設けられていた。記帳しようかなとも思ったが、長蛇の列のため、断念。

エンジニアブーツで歩いたせいか、足の親指のあたりに違和感を感じる。
豆ができたかな。足をかばいながら下り、また汗びっしょりになる。

駐車場まで戻り、まあ、ここまで来たんだからと、満濃池に行くことにする。5kmぐらいしか離れていないようだ。
満濃池に行くまでの風景は、田んぼがあり、畑があり、道路そばには広い駐車場のあるコンビニがある。そこだけを見てると、九州と何ら変わりないように思える。

ただ、初めて見た満濃池には驚いた。
まるで湖、あるいは大きなダム湖だった。ため池と聞いてイメージするレベルではなかった。
満濃池のマッシーなんてUMAがいそうなくらい、大きい。

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満濃池

小学校の時、担任の先生が「香川県は大きな山がなく、川がありません。川がないということは水がないということです。水がないと田んぼができません。だから香川の人は、ため池を作りました。香川にはたくさんのため池があります。その中でも一番大きなため池が満濃池です。日本一大きなため池です。とても大きいのです」
と言った。
へえ、日本で一番大きいため池かぁ、大きいんだろうなぁと思っていたが、小学生の頃の僕が想像していたレベルの大きさではなかった。こんなにも大きかったんだ。そして、それを江戸時代に人が人力で作ったんだということに、中年真っ只中の48歳であっても、びっくりだ。
見に来てよかったと素直に思った。

さあ、次はとなると、実はもう一つ、香川では気になっているものがあった。
観音寺市の「寛永通宝」である。
これも小学生の頃、銭形平次のオープニングか、エンディングかで使われていて、「なんだろう、あれは」とずっと思ってた。
満濃池も予想を大きく超えてこんなにすごかったんだ、もしかしたら、あの寛永通宝もすごいのでは、そんな気がして仕方ない。
多分、そんなことないとは思うが・・
観音寺市は、香川県の端っこではあるが、ここからは、そんな遠くないようだ。思い切って観音寺まで行くことにする。往復2時間か。
「見ないより見て後悔しよう観音寺」である。
ごめんなさい。

琴平まで戻り、国道339号から国道337号線を通って、寛永通宝がよく見えるという観音寺市琴弾公園を目指した。

観音寺市は、小説「青春デンデケデケデン」の舞台の町だ。
高校のころか、大学の初めのころ読んだ。
70年代初めのベンチャーズブームの頃の高校生の話で、映画にもなっている。
ベンチャーズのことはまったくわからないが、小説はおもしろかった覚えがある。
その町に、「寛永通宝」があるのだ。
でも、「青春デンデケデケデン」には出てこなかった気がする。

琴弾公園は海沿いにある公園で、山頂の展望所から、眼下に広がる砂浜の寛永通宝を見るのである。
展望所から下の浜をのぞくと、松林の中に砂浜を掘って作られた寛永通宝が見えた。
なんでも殿様に見せるために、このあたりの農民が一晩で掘ったらしい。
ほー、これがそうかぁという感じである。

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琴禅公園の山頂から眺める「寛永通宝

それにしても、ここでも、他の観光地と同じように、みんな自撮棒にスマホを括り付け、撮影している。なんとなく気に食わない。
さらに、中国か韓国からの団体客が入ってきて、展望所は急ににぎやかになった。
それにしても、彼らはどうしてあんなに声が大きいのだろう。

まあ、確かに「寛永通宝」を見た。
よし、ということで、山を下り、高松を目指すことに。

さあ、ここから高松市まで一気に走り、高松市から1時間もすれば、今日の宿泊予定地である東さぬき市の田ノ浦キャンプ場につくはずでる。

国道11号線を走っていると、あちこちにため池が見えた。小学校の社会科の授業で習ったとおりだ。なるほどなぁである。讃岐平野を実感する。
なんだか社会科見学みたいだ。

途中、豊中町というところを通る。俳優の要潤の出身地という看板がある。
高松へのバイパスに入る。

バイパスはまるで高速だった。片側2車線で、高速並みに飛ばせる。しかも交通量は少ない中国地方にしろ、四国にしろこういう道路があるのはすごい。九州ではこんな道路ない。

左手に丸亀市が見える。丸亀城が小さく山の上に見えた。丸亀城は昨年行ったので、今回はパスする。
その先に讃岐富士のきれいな円錐形が見える。
少し夕暮れの気配を感じる。

もう少しで高松市内というところで、市内をカットできるバイパスを発見。去年の香川出張の折に歩いた高松市街を、今回はオートバイで走りたいなあとも思っていたが、時間的にもあまりのんびりしていると、また陽が暮れそうなので、残念ながら高松市内はパスして、バイパスに乗ることに。このバイパス、通称「さぬき新道」と呼ばれるらしい。

今日の宿泊予定地である田ノ浦キャンプ場は、30年前の地図では引田町と出ているが、その後の市町村合併で今は、東かがわ市引田となっているようで、「東かがわ市」の一番南端、徳島県との境にあるようだ。
寒川という町あたりから山道に入るが、その東かがわ市までが結構遠い。山間地を走り、峠を越え、ようやく海が見えた。
ここがさぬき市の志度という町らしい。
志度と言えば、シド・ビジャスである。
そういえば、なんか昔読んだバンドの漫画で、リーダーのベースがシドビジャスそっくりのキャラクターで、名前が志度だった。そんな志度なんて、都合のいい名前が日本にあるもんかよ、と思っていたが、あるんだっ。びっくり。

その志度で、シド・ビシャスを探してみたかったが、そのまま通過し、東かがわ市を目指す。もう雨は降りそうにないが、さらに陽が沈んみ、気温も低くなってきた。
道沿いには、おいしそうなうどん屋がいくつも見えるが、どれも閉まっている。
そうだった、香川のうどん屋は、ふつうは昼過ぎには閉まるところが多いのだと。
ということは、今日の夕飯、うどんは実現困難か?
まあ、うどんのことは先送りして、とにかく今は、今日の寝床を確保することだ。
日が暮れる前にテントを張りたい。
昨日のような事態は避けたい。

しかし結局、また昨日と同じだ。雨が降っていない分、いいけど。
東かがわ市に入り、引田町に着いたのはもう夕方6時に近い時間だった。
引田の道沿いにも、うどん屋がいくつもあるが、どれも閉まっている。

路肩にバイクを停め、もう一度、地図で今日の宿泊場所、田ノ浦キャンプ場を確認する。
田ノ浦キャンプ場は国道から入って、少し入りくんだ場所にあった。
30年前の地図にも載っているということは、かなり由緒あるキャンプ場に違いない。

国道を左折し、小さな川を越え、薄暗く狭い道を入っていくと、やがて海岸に出てた。海岸の手前の平地がキャンプ場だった。
広くはないが、キャンプ場は芝生で、人は常駐してはいないようだが鉄筋コンクリート2階建ての管理棟があって、シャワーも使えるようだった。簡易のトイレが5~6台設置してあった。目の前の浜辺が、夏は海水浴場になるようだ。

すでに多くのキャンパーがいて、思い思いの場所にテントを張っっていた。
駐車場をみると、だいたい3分の2が車できているようで、バイクで来ている方が少なそうだった。
車キャンパーは大きなテントと椅子、テーブルに、焚火台が基本セットのようで、山盛りの装備を持ち込んでいる。
なぜか洗濯物まで干しているテントもあった。もう海に入ったのだろうか。
まるでB-PALの表紙のようだ。これが今のキャンプスタイルか。フン、ずいぶん、豪華になったなと思う。
洗濯物を干しているファミリーキャンパーは洗濯をする必要があるわけではなく、洗濯物をテントサイトで干すという行為をしたいのだ。
その気持ち、わからないでもない。
そういう時期、自分にもあったなぁと上から目線で彼らを眺める。

ちょうど真ん中あたりがあいていたので、そこにテントを張ることにし、駐車場に止めたバイクから荷物を降ろし、3回に分けて運びこむ。

駐車場には、熊本ナンバーの相当古いバイクが停まっていた。メーカーもわからない。多分今はもうないメーカーだろう。メグロとかよりもそうとう古そうだ。
熊本から自走してわけではないだろうが、このバイクの持ち主も、このサイトのどこかにいるんだろうか。いるならどんな人だろう。興味をそそられるが、まずは荷物を運び込み、、テントを立て、その中にとりあえず、バックごと荷物を放り込む。

まだ日が落ちるにはもう少し時間がありそうだ。
今のうちに夕食と買い出しにいくことにしよう。
当初は夕食にうどんを考えていたのだが、どうやらうどん屋は軒並み閉まっているようだ。
仕方なく、引田駅近くにあったセブンイレブンで、弁当とビールを買う。
今日は飲んでいいだろう。キャンプ場だし、差し迫った緊急事態は起こらないだろう。

キャンプ場にもどると、テントを張ったすぐ近くに、ファミリーキャンパーがテントを張っていて、こともあろうか焚火の準備をしている。
どうみても素人でその分、装備はビーパル的である。しかも、焚火台(今はそんなものを使のか、そこまで焚火がしたのか)には、大きな薪が2~3本、どんと載せてある。そんなんでどうやって火をつけるつもりだよ、アホか、と思うが、そんなやつの近くは危なくていけない。あの大きな薪に、もし火が付いたら、火の粉が風に乗って、こちらのテントに降りかかるかもしれない。

おまけに、ヤンキーみたいな親父とキャンプ場でもゲームをしている息子とスナックのママみたいなお母さんの三人組だ。なぜ、キャンプしてるんだろう。

まだ、幸いにこちらはフライシートもつけていないから、移動するなら今の内だということで、テントを持ち上げて20mぐらい、海の方に引っ越す。

引っ越し先で改めてテントを設置しフライシートをかぶせる。フライシートはまだぐっしょり湿っている。
荷物も運びこみ、ようやく一段落。ブーツを脱ぐ。開放感が気持ちいい。
ビールを開け、一口飲みながら、テントの中からキャンプ場を見渡す。
ソロキャンパーはテントにいるのか、いないのかわからないくらいひっそりしているが、車キャンパー=ファミリキャンパーは、どこもバーベキューの準備に余念がない。
あちこちで盛大な火が燃え盛っている。

さっきの薪に直接火をつけようととしてた素人キャンパーはとみると、そこにも盛大な火がついていた。なぜ、火が付いたのか?
最新のキャンプ道具は、薪を直接燃やす、それさえも可能にしたのか。驚きを禁じ得ない。

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夕暮れの田ノ浦キャンプ場

夕暮れの中、多少のそうしたもやもやはありつつも、今日も一日走り続けた充実感とキャンプ場という安心感を感じながら、コンビニ弁当を食べ、2本目のビールを空ける。
やや湿った寝袋にくるまりながら、「放浪記」の続きを読む。

テントの外では、結構な音量でダンスミュージックが聞こえている。どこかのファミリーキャンパーが音楽を流しているようだ。
どんなモラルなんだと思う。

今は、久しぶりのキャンプブームらしい。
だからだろう。いろんな輩がいるのだろう。
そういえば、駐車場にはベンツが止まっていた。
猫も杓子もキャンプか。グランピングなんてのもあるからなぁ。
まあ、そう長続きはしないだろう。
また、上から目線で、申し訳ない。

 

【走行距離】266km