春の大隅半島へ2
3月10日(月)
夜は結構冷えたが、まあ大丈夫。
朝7時に起き、海を眺めながら、コーヒーを飲む。

ビーチの先の防波堤に、地元の人らしき人が数人散歩しているのが見える。
空は曇り。寒くはないが雲が厚い。
朝食はラーメンとおにぎり。僕のキャンプの朝の定番。

ラーメンを食べていると、地元のおばあちゃんだろう、年配の女性が話しかけてきた。
「あんた、ここに泊まったんか」
「はい」
「寒かったろう」
「いえ、全然大丈夫でしたよ」
「怖くなかとね」
「まったく、静かな夜でしたよ」
「すごかねぇ。私たちの若か頃は、こぎゃんとしたこともなかったばってんね」
「はぁ、それにしてもここはいいところですね」
「だろ、私はここば毎朝散歩すっとたい。ところで、あんた、奥さんおっとね?」
「ええ、いますよ」
と答えると、おばあちゃんは明らかにほっとした顔をした。
月曜日の朝に、一人、浜辺でラーメンを食べているおっさんを見て、
多分、おばあちゃんは、僕をアウトドアというものを越えたところの住人だと思ったのだろう。なんだか申し訳ない。
おばあちゃんが去った後は、また、しばらく読書をする。
読書にも疲れたところで、11時ごろ、キャンプ場を出発。
今日はただ帰るだけ。
どこにも寄らず、ただ下道を帰る。
15時、人吉着。自宅ガレージ前でエンジンを停止。
荷物をほどき、ガレージにバイクを入れようと、再びエンジンをかけるとエンジンがかからない。
カチカチというだけ。
これは明らかにバッテリーの電圧が不足している症状。
え、何で?
電圧を計ると、11.3V。これではかからない。
何が原因か?
これから調べなきゃならないが、それにしても、よくぞ自宅到着まで持ち堪えてくれた。
さすが、相棒。

春の大隅半島へ1
3月9日(日)
この冬は寒くて、全然バイクに乗れていなかった。3月になり、ようやく少し暖かくなってきたかなぁということで、この小旅を計画したが、今日は朝から分厚い雲が空を覆い、気温も低い。寒い。
今日は晴れるとのことだが、大丈夫か?
朝8時30分、鹿児島に向け出発。
高速はなるべく使いたくないが、今日は1泊2日の小旅ということを考慮し、人吉ICから高速に乗る。
高速道路から見える山々は、もう3月というのに、まだ冬枯れの様相である。
冬用のボアグローブで走っていても、指先がチリチリするぐらい寒い。
高速で走るとあんまり寒いので、えびので降り、下道をテレテレ走る。
えびのから湧水、栗野と走る。
加治木の手前のコンビニのイートインで、ガタガタ震えながら、コーヒーを飲む。
寒さとだが、今回は、我がバイクもやや気になるところが数点あり、ちょっと不安でもある。
まず、この前、アクセルワイヤーを交換した際、調子に乗ってキャブレターをいじっていまい、調整がうまくできていなくて、アイドリングが落ちず、かなり高いままであること。CCバーを懲りもせず、再び自作し、今回初装着したこと。再び折れるかもしれない。折れたらどうしようという不安が拭えない。同じく、今回新たにチェーンガードも自作し、初装着したが、チェーンとのクリアランスがぎりぎりである。接触するかも。不安。寒さが思考をネガティブにする。
しかし、もう春からの新しい生活を思えば、しばらくはバイクでキャンプに行けそうもない。今日しかないのだ。
多少困難でも、見る前に飛べである。寒いけど乗れである。
加治木の坂を下り、正面に桜島を見る。
加治木の町を左手に折れ、隼人に向かう。右手に鹿児島の巨大な24時間ディスカウントスーパー、AZが見える。ないものはない。全てあるという意味で、アルファベット全部ということでAZという店名だそうだ。
車も売っているし、墓石も売っている。数年前行ったときには、2mほどある巨大な工事用のコーンも売ってあった。
隼人の町を南へ進む。
この辺りから空も次第に雲が消え、青空が見え始めた。
次第に気温が上がってきたのが分かる。指先がチリチリしなくなった。
海が青く、鯛の養殖の筏が、太陽の光にキラキラと光る。
その後ろに雄大な桜島が煙を吐いている。
あぁ、鹿児島に来たんだと思う。南国だ。
気温の上がってきた春の大隅半島の、交通量の少ない国道220号線を、錦江湾に沿って軽快に走る。

鹿屋の町でガソリンを入れる。鹿屋の自衛隊基地からヘリが飛び立つのが見える。
「ようこそ、錦江町へ」という看板の下をくぐり、今回の目的地、神川キャンプ場のある錦江町に入る。
神川キャンプ場到着12:30。
まあ、思ったより時間もかかったが、天気は良く、芝生のキャンプ場のパームツリーが青空に映える。

すでに、1人のソロキャンパーがテントを張っており、海を見ながら、昼間から焚火をしている。
サイトの一番奥にテントを張る。海岸ぎりぎりのところにテントを張ったらから、視界は海とビーチだけである。
マイビーチである。
海の向こうには、指宿の町と開聞岳のシルエットが青く浮かぶ。
素早くテントを張り、荷物をテントに放り込み、バイクで近くのスーパーへ。
知らない町のスーパーでの買い物は気分が上がる。
とは言うものの、やはり隣の県ぐらいでは、あまり珍しいものもなく、普通の買い物である。
カップ焼きそば、おにぎり、ラーメン、柿の種、ビール、焼き肉用に豚タン、ホルモンを購入。段ボールに入れ、駐車場でバイクに括り付けていると、地元のおじいさんが話しかけてくる。
どこから来たのか?どこに行くのか?楽しんでな。
こういうやり取りも旅の醍醐味である。いい町だと思う。
キャンプ場に戻り、バーナーでお湯を沸かし、焼きそばをつくる。
お湯が沸く間、早速ビールを飲む。
青空と海を見ながら、飲むビールと焼きそばは完璧である。
昼食を食べると読書である。
今回は本を読むことも大きな目的の一つだ。1泊2日なのに4冊持参した。
椅子にもたれて、青空の下で3月の柔らかな日差しの中で、本を読む。
そのうち、ウトウトする。
ちょっと寝てしまったのだろう。
気が付くと、もう陽が傾いている。
遠くで子どもの歓声で聞こえる
数組の親子連れがビーチで遊んでいる。

歩いて、道向かいのコンビニに行く。
これがこのビーチの素晴らしいところ。途中でビールがなくなっても、氷が切れても、すぐに買い出しに行けるのだ。
しかも、500mぐらい歩けは、丘の上に海が一望できる露天風呂を有する温泉施設もある。
無料のキャンプサイトはふかふかの芝生。
トイレはなんと温水ウオッシュレット付き。
おまけに利用者は少ない。
これを最高と言わずして、なんと言おう。
コンビニでビールと氷、鹿児島らしくさつま揚げ(鹿児島ではてんぷらと言う)を買い、道を渡って、夕暮れでオレンジ色に染まりつつある海を眺めながらテントに戻る。
今日の夕食は一人焼肉だ。暖かい夕暮れの、オレンジ色に染まる海を見ながら、肉を焼く。
肉をほおばり、ビールを飲む。ビーチではまだ子供の歓声が聞こえる。
これを最高と言わずして、なんと言おう。


焚火ソロキャンパーは夕方前に帰ってしまい、結局キャンプ場には自分一人だけ。
夜は、ビーチに落ち得ている流木で焚火。
ゆらゆら揺らめく焚火の炎を見る。
誰もいないビーチで、焚火を前に、ウイスキーをちびちび飲む。
BGMは今日もトミーフラナガンのヴェルヴェットムーン。
明るい三日月が錦江湾に浮かぶ。
これを最高と言わずして、なんと言おう。

夜が更けていく。

近畿地方、お寺とお城の旅~5日目最終日~
8月4日(日)
朝、6時に目を覚ます。ぐっすり寝た。窓の外を見ると、もう陽が昇っている。
デッキに行き、朝の瀬戸内を眺める。風が強い。海は朝の太陽を浴びて、白く輝いている。空も白く、海との境が分からない。いずれにしても今日も暑くなりそうだ。

大浴場に行き、露天風呂につかりながら、瀬戸内を眺める。
海風が気持ちいい。控えめに言って素晴らしくいい気分。
ゆっくり準備して下船を待つ。
9:00に新門司港に降り立つ。「ただいま」である。なんか、以前、関門トンネルを通り、九州に入った時もだが、今回フェリーで九州に戻った時も、「ただいま」という気持ちになる。不思議なものだ。やはり、九州はアイランドだなと思う。


強い日差しが照り付ける。やはり、日差しは近畿よりも九州の方が強いような気がする。もちろん近畿も強烈だったが。
国道10号線を走り、小倉駅前から国道3号線に入り、ひたすら博多を目指す。車も比較的少なく、快適なスピードで軽快に走る。
11:30過ぎに、博多に到着。長浜家でラーメン。
ここでラーメンを食べないと旅は終わらない。


今回もわずか20分ほどの滞在で、博多を出発。今回は国道3号線のみで八代まで行くつもり。大宰府を抜け、鳥栖を越え、久留米に入る。
バイクは快調で、体力、気力も十分。ただ、暑い。途中、何度も水を飲み、ガリガリ君でクールダウンする。この旅でガリガリ君を何本食べただろう。
あわよくば、今回、大盛亭でチキンカツを食べたいとも企んでいたが、さすがに長浜ラーメンを食べた後では腹が減らず、泣く泣く断念。
熊本市を抜け、八代からICに乗り、17:30、無事、人吉着。

長いように感じた旅も、終わってみればあっという間であったが、非常に良い旅であった。まずは、無事故・無違反で帰れたことに感謝である。
【今日の走行距離】283km
【今日のフェリー距離】454km

【後日譚】
旅を終わった翌週、スマホに「甲賀警察署」から電話がかかってきた。
信楽町のガードレールに、ウエストポーチがかけてあり、ポーチの中に入ってたフェリーの予約確認書で、この電話番号にかけたとのこと。
着払いで送付をお願いする。
「では、住所はここで間違いないですか」とフェリーの予約確認書に記載してある住所を読み上げられた。
「まちがいありません。よろしくお願いします」と返事した。
フェリーの予約確認書を入れていて、本当にラッキーだった。
土曜日に「ゆうパック」で届いた。
甲賀警察署の方に、拾ってくれた方に、感謝である。
こういうことがあると、その町が、その土地が好きになる。
ありがとう、関西、ありがとう、滋賀県、ありがとう、甲賀の人である。
近畿地方、お寺とお城の旅~4日目~
8月3日(土)
朝5時に目を覚まし、テントから這いずりだす。夏の朝のきりっとした空気の中、東の方に朝日が朝もやの中、ぼんやり昇っているのが見えた。
バーナーでコーヒーを沸かす。椅子に座り、明けはじめる琵琶湖とその向こうの大津の街を眺める。昨夜蚊に刺された跡が真っ赤になっている。数えると18か所も刺されいる。あんまりかゆくないのが救いだ。昨日スーパーで買っていたパンを食べ、コーヒーを飲む。

テントをたたみ、荷物の整理をするだけで汗びっしょりになる。


さあ、4日目の始まりだ。7:00に琵琶湖志那緑地2を出発。大津まで出て、そこからまずは伏見稲荷神社を目指す。
国道1号線を軽快に京都に入るが、また、Google mapがやたら小さな道ばかり示す。かといってそれ以外の道は分からず、Google mapに従うしかない。情けない。子供たちが遊んでいたり、じいさんが剪定していたり、ばあさんがごみを出していたりする狭い路地を、ハーレーでトロトロ走る。「なんじゃ、この道は」と叫びそうになるが、なかなか観光客には見ることのできない、ふつうの京都の夏の土曜日の朝みたいな感じでもあり、これはこれで社会勉強だなとも思うことにする。
やがて、伏見稲荷神社に到着。警備員に誘導されて駐車場にバイクを停める。駐車場代は無料のようで第一印象良し。
境内に入ると、参拝客は外国人ばかりである。多分どう少なく見積もっても日本人は50人に1人いるかいないかである。本当である。

境内では、いろんな言葉が行きかうし、みんなよく大きな声で話している。奈良ではまったく見なかったが、これが観光地のオーバーツーリーズムというやつか。さすが京都だ。
まあ、だからと言って何か迷惑をこうむったりすることはなく、鳥居をくぐる際にも、逆に自分が外国の観光地に来たような錯覚を起こすぐらいである。
それにしてもあの鳥居の数は尋常でない。日本人の自分でもひく。つまるところ、あの鳥居の数は願掛けの数であり、鳥居を立てるというようなただ事でない強い祈り、情念があの場所には留まっているのである。そう思うとあの鳥居の赤が恐ろしくも感じる。外国人にはどう映っているのだろう。あちこちでSNS映えをねらった写真撮影が行われている。

変な日本語Tシャツを着た外国人が目立つ。それを外国人が自信満々で着ているのが面白い。拝殿にお参りをして、伏見稲荷を後にする。
ここまで来たならばと、伏見桃山城まで足を延ばすことにする。わずか5kmほどの距離だが、車が多く20分ほどかかる。ネットで調べると、復元天守は立っているが、史実に基づかない模擬天守であること、それに老朽化で内部には入れないらしい。
確かに立派な天守閣であるが、観光客もまったくいない。大手門もすごく立派だが、なんだか廃墟のようなお城だった。なんとなく寂しい感じがするが、豊臣秀吉の最後の居城である伏見城を模擬天守であっても、実際に見たことで、気持ち的には落ち着いた。

さあ、次は、兵庫県、丹波篠山城だ。桂川を渡り、西京区を通り、亀岡市に入る。日差しが強く、痛い。亀岡市のコンビニで、水を買い、ガリガリ君を食べてクールダウン。
西に向かうに従い、道は次第に田舎道となり、気持よく自分のペースで走れる。まわりの山々も九州の山々とは微妙に違う感じがする。小さな丸っこい山が多いような気がする。なんていうか、日本昔話でみたような山の描写と言えばわかりやすいか。いや、逆にわかりにくいか。田んぼの稲が元気よく風に揺られている。青空と緑の稲、白い入道雲とのコントラストが美しい。

全く知らない土地と道をひたすら走る。それだけですごく気持ちがいい。
昼前に丹波篠山城に着く。丹波篠山の町のすごく歴史のある落ち着いた雰囲気の良い町だ。
10年ぐらい前か、JAETの全国大会の発表で、この町には来たことがあるのを思い出す。
篠山城の周りには、「デカンショ祭」の旗がたくさん立ててある。ネットで「デカンショ祭」を調べてみると、民謡「デカンショ節」を手拍子しながら踊る、西日本最大級の民謡の祭典らしい。お盆の時期の開催らしいから、すごく賑わうのだろう。こういう祭りのある町は、それだけでいい故郷だと思う。
丹波篠山城は石垣の立派な大きな縄張りの城で、藤堂高虎の普請らしい。いくつかのやぐらと大書院が復元されている。400円払って、大書院を見学する。さすが譜代のお城らしく、豪華なつくりだ。


ゆっくり滞在してみたい気もするが、時間的にも次の竹田城に向かわねばならず、早々に丹波篠山市を離れる。
国道427号線を走り、竹田城のある朝来市を目指す。鄙びた農村地帯をひたすら走る。山の緑が染み入るように青い。
1時間ほどで朝来市に到着。案内板に従い、竹田城を目指す。到着したのは、「山城の郷」という観光施設の駐車場。バイクはここに停めないといけないらしい。
係の人に竹田城に行くにはどうしたらいいのかと聞くと、バスかタクシーか徒歩とのことだった。竹田城はどこかと聞くと、「あそこ」と教えてくれる。遠い山の頂上に石垣がわずかに見える。

歩くと50分とのこと。バスは出発まで30分もある。今日のフェリーの時間を考えると、もうそんなに時間に余裕はない。消去法で仕方なくタクシーに乗る。なんか堕落したようなズルしたしたような気分で、途中、はぁはぁは言いながら登る観光客をタクシーが抜いていくのが、何とも申し訳ない。
山の中腹の駐車場まで行く。ここからまた山道を歩いて800mとのこと。チクショー、このお城も登山靴が必要だ。暑い日差しの中、はぁはぁ言いながら登る。途中のゲートで入城料500円を払う。
ようやく頂上の天守跡にたどり着く。眼下に朝来の町が小さく見える。よくぞまあこんなところに城をつくったもんだと思う。

汗をしっかりかいた体に、山肌を吹き抜ける風がきもちいい。
立派な石垣が幾重にも残り、当時はかなり大きなお城だったことがうかがえる。

天空の城と言われる竹田城は、雲海に浮かぶ石垣の幻想的な写真が有名だが、その光景は竹田城からはもちろん見えない。その光景が見たければ、向かいの山に登ってくださいとガイドのおじさんが話してくれた。
「もう、これ以上歩くのはいい」と一人つぶやく。
山道を下り、中腹の駐車場まで戻る。さあ、ここからどうしようということで思案するが、何かに負けた気がするから、もうタクシーには乗りたくない。バスは巡回型なので、またしばらく来ない。徒歩は時間がかかるが、さっき、タクシーで登った感じではそんなに距離はなさそうだし、下りということも考慮すれば、そんなに時間もかからないだろうと判断し、歩くことにする。案の定、そんなきついこともなく、20分ほどで下山できた。なんか勝った気がする。
この竹田城をもって、近畿地方100名城はコンプリートである。今回の旅のミッションも終了である。今が16:00。ここから下道を使って神戸の六甲アイランドまで行くとすると3時間ちょい。19:00までには、フェリーふ頭に到着しなければならないから、下道ではちょっと時間的にも危険ということで、有料道路を使うことにする。有料道路を使うと2時間ぐらいで行けそうである。
その前にガソリンを満タンにしておこう思い、ガソリンスタンドに行く。ふと後ろをみると、なんとナンバーを留めていたねじが外れて、ナンバープレートがブラブラしている。
このまま走り続ければ、ナンバープレートが落下するのは時間の問題であった。ナンバーフレートの落し物なんてしゃれにならない。すごく面倒になるところだった。ガソリンスタンドの店員さんにお願いして、ねじを分けてもらい、その場で締め直す。
有料道路は車も少なく、すいすい走れる。もう、この播磨の国をバイクで走る機会はないだろうなぁと思うとすこしセンチメンタルな気持ちにもなる。
途中、いくつも料金所があり、めんどくさい。それに神戸に近づくに従い、分岐がいろいろ出てくるが、地名になじみがないから、どっちに向かえばいいのか分からず、Google mapで確かめながら恐る恐る走る。六甲山をずっと下って神戸の街にでる。
大学生の頃、当時の愛車、ヤマハビラーゴ400で日本一周の旅をした時、神戸に寄ったことを思い出す。確か、三宮に行ったんじゃなかったか。その後、阪神淡路大震災が起きたのだ。
その時もボランティアに行こうかどうしようか散々迷った挙句、西表島に行ったんだった。そう思うと、今さらながら神戸に申し訳なく思う。
コンビニで、食料を購入し、六甲アイランドに向かう。阪急フェリーの乗り場についたのは、18:30であった。ちょうどいい時間。ほんのり六甲山のあたりが夕陽に染まり始めている。

バイク駐車場には、何台かのバイクが止まっていて、乗船を待っていたが、だれもしゃべらない。30分ほど待って、乗船し、船内に入る。
今日泊まるスタンダード和室は、ただの雑魚寝スペースで、先におじさん2人がいた。予約するときには、満員だったのに、ここもその後キャンセルがあったのだろう。結局あの大きな部屋に3人だけだった。

すぐに、大浴場に行き、この2日間の汗を流す。すっごく気持ちいい。
風呂から上がると、売店でビールを購入。デッキに上がり、次第に遠ざかる神戸の街を眺めながら、ベンチに座りビールを飲む。最高の気分である。

さよなら関西、ありがとう近畿である。事故もなく、フェリーに乗ることができたことに感謝である。
デッキのベンチに座り、買ってきたカップ焼きそばとおにぎりを食べ、夕食とする。
すっかり陽がくれたころ、明石大橋の下を通過する。明石大橋を海から眺めるというのも面白い。

明石の街が左手に見え、淡路島が右手に見える。海風は強いが、すごくいい気分である。ロビーでは、紙芝居をしていて、子ども達が大喜びで見ている。
もう一度、風呂に入り、また、デッキでビールを飲んで、寝る。
一人旅は、何から何まで自分で考えなければならない。何かあったら、全部自分で対応するしかない。それが醍醐味でもあるのだが、もちろん疲れるし、消耗もする。しかし、こうして、九州行きのフェリーに乗ったからには、もう何も心配しなくていい。何も考えなくていい。ただ寝ていれば、朝には、故郷、九州アイランドだ。
【今日の走行距離】289km
【今日のフェリー】450km

近畿地方、お寺とお城の旅~3日目~
8月2日(金)
夜中も眠気はなかなか来なかったが、いつの間にか朝になっていた。寝たような寝ないような感覚だ。しかし、眠気を感じないから、寝たのだろう。体調はよい。
歯を磨き、朝風呂に行く。露天風呂につかり、空を見上げると、もう日差しが照り付け、今日も暑くなりそうである。蝉がもう激しく鳴いている。
8:00に奈良健康ランドを出発し、唐招提寺を目指す。昨日、法隆寺に行くために通った道をもう一度走る。
いつか機会があったら、亀井勝一郎氏の「大和古寺風物詩」にあるように、秋か春の季節に薬師寺から唐招提寺まで歩いてみたいなぁと思う。

朝の唐招提寺の駐車場はガラガラで、境内にもあまり観光客の姿はなく、ゆっくり見ることができた。

ここ唐招提寺は井上靖氏の「天平の甍」を読んで以来、どうしても訪れたかったお寺の一つで、金堂は「大和古寺風物詩」の記述の通りであった。建物の重厚さとギリシア神殿を思わせる重厚な柱、まわりの建物との配置、緑の木々と空の青さが非常に美しい。さすが歴史を越えた風格のあるお寺であった。

鑑真の墓にお参りをして、唐招提寺を後にし、滋賀に向かう。
途中、平城京跡を左手に眺める。万城目学の「鹿男あおによし」を思い出す。
照り付ける日差しに辟易しながら、ずっとつながる車の間を縫うように走り、奈良の町をでる。
市内を外れると、すっかり車の数も減り、まわりの風景はいきなり緑になる。
途中、和束という町を通る。山肌一面に茶畑が広がる。宇治茶の産地と看板がある。
町の真ん中を川が流れ、茶畑は夏の日差しを浴びて緑がキラキラしている。

Google mapが示したルートをその通りに走るが、道は次第に山道になり、細くなる。この道は、どう見ても隣の県に向かう道路ではない。
また、Google mapに騙された!
これはどうみても村道だ。軽トラしか通ってはいけない道だ。
行きかう車もなく、「熊注意」の看板もあちこちにあるが、どう注意しろと言うのか。熊本の人間にとって、熊と言えば「くまモン」なのだ。熊本に熊はいないのだ。
テレビで見た熊の恐ろしい生態を思い出し、本気でちょっとビビる。
いささかの不安を感じながら、まわりをきょろきょろしながら走り続けると、今度はいきなり「たぬき」がたくさん出てきた。
信楽に入ったのだ。

ほんと、道路の両脇はたぬきの置物を売るお店ばかりで、何百体、何千体というたぬきの置物がずらっと道の両脇に立っている。
バイク旅でなければ、ぜひ一体買い求めたいところだが、買って帰ったら妻は怒るに違いない。
そのまま進み、また山道に入ってしばらく走り、何気なくバックミラーを覗くと、荷崩れしており、荷物に括り付けたはずのパタゴニアのウエストポーチが見えない。
えっ!と思って慌てて路肩にバイクを停め、確かめるが、やはりウエストポーチがない。
どこかに落としたんだ。これでは一年前の島根でのスマホ落下の二の舞だ。
これ以上旅を続けられないと思うと、すっと目の前が暗くなる。
一体、どこで落としたのか。そういえば、和束町を走っているとき、後ろのダンプがクラクションを鳴らしたな。
もしかしたら、あの時落としたのか?それをダンプは教えようとしてクラクションを鳴らしたのか?
あの時、バイクを停めて確認すべきであった。今更あそこまで戻ると、この先の旅程が全部だめになるし、あそこまで戻ると、今度こそ熊に遭遇し、食べられてしまう。
どうしよう。落ち着け俺、まずは、何がなくなったかの確認である。
となると、ウエストポーチの中には何を入れていたっけ。現金は入れていない。この旅の日記代わりのメモ帳とペン、昨日までのレシートは入れていた。
他には?
車検証のコピー、フェリーの予約確認書、頭痛薬、日焼け止め、ヘッドフォン、柿の種。ああ、それにモバイルバッテリーもだ。
モバイルバッテリーがないということは充電できない。
これでは、四国一周の時の苦労の再来だ。ガーンと思ったが、どうすればいい。いや、まて、もう一つのモバイルバッテリーを別のバックにいれているよな。あっちはまだ2回分満タンで残っているから、充電は大丈夫だ。フェリーの予約確認書は、スマホにも入ってる。
ということは、拾った人に旅の日記を見られる可能性があることは恥ずかしいが、他のものはなくても、今後の旅には大きな影響はない。
パタゴニアのウエストポーチは30年ぐらい前に中国に行くとき買った思い出のやつだが、もうずいぶんくたびれてもいたし、仕方ない。
それに、今から、ウエストポーチを探してあと戻りしても見つかる可能性は低い。
それに、確かフェリーの予約確認書には、名前と住所と電話番号も記載してあったはず。もし、心ある人が拾ってくれたら、連絡してくれる可能性もないとは言えない。
情けないが、そう思うことにし、自分のパッキングの甘さを悔やみ、落としたウエストポーチに大変申し訳なく思いながら、再びバイクを走らせることに。後ろ髪はないが、まさしく後ろ髪をひかれる思いとはこのことだろう。
やがて近江八幡市に入る。ここは工場の多い町らしい。有名な企業の工場が国道の両側にたくさん軒を並べている。アイスクリームの看板に、思わずアイスクリームが食べたくなる。
観音寺城の案内板が見えてきた。看板の案内に沿って進むと、またもや道がどんどん山道に入っていく。「あぁ、観音寺城、おまえもかぁ」と思いながら走っていると、途中に関所みたいに駐車場料金300円と書いた小屋があり、係のおじさんに300円払う。「うぁ、熊本からか」と驚いてくれるが、こっちは、「うあぁ、こんな山道で300円も払うのか」と驚く。
300円払った後も、まだまだ山道は続き、どんどん標高が上がっていく。このまま城跡までバイクで行けますようにと祈りながら進むが、もちろん、そううまくは行かず、山の途中の小さな駐車場で行き止まり。バイクを停め、それからさらに山道を歩くことに。

これまでのエンジニアブーツでの山城登山で、両足に靴擦れができて、ずきずき痛む足を引きずりながら、15分ほど炎天下の中を歩き、観音寺というお寺につく。

どうやらここが昔の観音寺城らしい。本丸跡はさらに観音寺の裏手にあるらしいが、案内板を見てもなんか土くれがあるだけのようである。
靴擦れは痛いし、観音寺の裏手に行くには、さらに参拝料500円を払って境内を横切る必要があるらしい。金ばっかりとりやがってと、足の痛みと相まってイライラしてしまい、もうここで十分ということにする。
足を引きずりながら、山道を下り、近くのドラッグストアで、靴擦れ対策にテーピングを購入する。ついでに、パンと水を購入し、昼食とする。今回の旅はコンビニ食ばっかりのような気がする。
途中、「飛び出し坊や」をあちこちでみかけるようになる。とうとう「飛び出し坊や」文化圏に入ったのだ。

この「飛び出し坊や」が僕は大好きである。ぜひ、これを熊本でも普及させたい。
まだ、鹿児島で見かけたことないから、「飛び出し坊や」を人吉に設置して、「飛び出し坊や」日本最南端の地を目指したい。
今日、最後の目的地、長浜市の小谷城を目指し、琵琶湖湖畔のさざなみ街道を北上する。左手に穏やかな琵琶湖をずっと眺めながら走る。日差しは強くつらいが、素晴らしいロケーションの中を気持ちよく走る。遠くに竹生島が見える。湖面がキラキラしている。

長浜市に入り、長浜城を左に眺め、さらに北上し小谷城を目指す。
途中コンビニで水を購入し、ガリガリ君でクールダウン。
駐車場の縁石に座り、両足首をテーピングでぐるぐる巻きにする。これでもう痛くはない。
ようやく到着した小谷城もやっぱり山城で、バイクで本丸目指し登っていくが、本丸まで800mというところで行き止まり。ここからは歩きである。案内板には、ここも「熊注意」とある。

もちろん、この山城にも誰も観光客はいない。
鬱蒼とした森のような城跡を一人、とぼとぼ進む。時刻も16:00近くなり、まだまだ日は高いものの、少し夕暮れを感じるような時間の中で、敵方に通じた何とかという裏切り者のあ侍の首を乗せた岩なんていう説明書きを読みながら、逢魔が時ではないが、なんとなく妙な気配を感じる城跡である。

ただ、眺めは素晴らしく、浅井長政は、向かいの山の信長の陣を、ジオラマを見るように見て、作戦をたてたのだろう。敗れると分かった時の気持ちとはどんなものなのだろうか。
今、僕は、こうして100名城巡りなんて、呑気に古城をめぐっているが、城というものの性質上、どの城も非常に血なまぐさい歴史をもっているんだよなということを改めて考えてしまう。
小谷城見学の後は、今日のねぐらである草津市の志那緑地を目指し、さざなみ街道を南下する。夕暮れ近くになり、日差しは依然として強いものの、琵琶湖の向こうの山が少しずつオレンジ色に色付き始める。

さざなみ街道は車も少なく、気持ちいいスピードで軽快に走れる。熱をもった夕暮れの夏の風が気持ちいい。コンビニでまたまたガリガリ君を購入。
草津市の志那緑地2に到着し、テントを張る。琵琶湖のこうした緑地はとてもいい。
あちこちに同じような緑地があり、そのほとんどがキャップOK,バーベキューOKらしい。予約不要というのもとてもいい。どの緑地もトイレがあるだけで、他は基本的に何もないようだが、それも素晴らしい。
人吉の中川原公園も、こんなふうにできないのだろうか。

志那緑地2には車は数台停まっていたが、テントを張っている人はいなかった。大きな木の下にテントを張り、近くのスーパーに夕食の買い出しに行く。

旅に出たら、心掛けて食料は地元のスーパーに行くようにしている。その地元ならでは総菜があることも多いし、その土地の暮らしを垣間見れるような気がする。
とは言うものの、今回はどこにでもあるような半額になったハンバーグ弁当とビールを購入。
テントの横で、夕暮れのオレンジ色に染まった琵琶湖と対岸の町の明かりを眺めながら、ビールを飲む。比叡山の向こうに太陽が沈んでいく。

夜風が気持ちよく、陽が隠れた後も、しばらく椅子に座り、ウイスキーを飲みながら琵琶湖の対岸の明かりを眺める。
夜も更けたころ、テントに入り、ヘッドライトの明かりで本を読むが、蚊が入ってきてなかなか集中できない。汗ドロドロでアルコール混ざりで、蚊にとったら絶好の獲物であろう。虫よけスプレーは振ったものの、琵琶湖の蚊には効かないらしく、ブーンと寄ってきては刺す。蚊をたたくと、手のひらに自分の血がべっとりつく。
暑くて寝苦しい。外に出ると涼しいはずだが、外で寝ると蚊の餌食である。やっぱり夏はキャンプなんてはするもんじゃない。
ただ、今回は琵琶湖の湖畔でキャンプしたという事実が欲しかったのだ。
12時を過ぎると、テントの中も急に気温が下がり、ようやく寝付くことができた。
【今日の走行距離】245km

近畿地方、お寺とお城の旅~2日目~
8月1日(木)
朝4時に目を覚ます。部屋の中はまだ真っ暗。
デッキに出て、歯を磨き、コーヒーを沸かして飲む。
空け始めた瀬戸内の海を眺める。穏やかな瀬戸内の海が、朝日を受け、淡くピンク色に染まっている。

やがて、船内アナウンスで、「この船はまもなく大阪南港に着眼します。今、左手に見えているのが、来年開催されます大阪万博の会場です」、と紹介がある。
さあ、いよいよ関西上陸だ。
5:30に着岸。それから下船で、大阪南港に降り立ったのは、6:00。
大阪の街には、まだ濃く冷ややかなきりっとした朝の空気がある。
夏の朝だ。今日も暑くなりそうな予感。
道路に車は少なく、湾岸道路を気持ちよく走り、堺市の仁徳天皇陵を目指す。
僕が学生の頃は仁徳天皇陵と習ったが、その後、教科書の表記は大山古墳に変わった。ただ、堺市付近では道路の案内板は、どれも仁徳天皇陵と表記されているようだ。
20分ほどで仁徳天皇陵に到着。
やはり大きすぎて、そこに立つとただの大きな森にしか見えない。
当時、よくあんなきれいな鍵穴の形に測量ができたもんだ。

仁徳天皇陵の周りをバイクでゆっくり一周する。
仁徳天皇陵の周りの遊歩道を多くのランナーが走り、年配の方が散歩している。
この世界最大の墓が、町の風景の一部に、人々の生活の一部に溶け込んでいるのが、なんだか不思議な気がする。
祭壇の前で、お祈りをする。
その後、バイクのエンジンをかけると、アイドリングが急に高くなったので、駐車場でエアクリーナーを外して、アクセルケーブルを確認するが、何か引っかかっているような気配はない。そのまま、またエアクリーナーをはめる。
ことによると、アクセルワイヤーが切れかかってるのかもしれない。それだとまずいが、もう少し様子を見ることにする。
工具を収納し、千原城を目指し走り出すと、今度は急に荷物がずり落ちた。
路肩にバイクを停め、確認すると、なんとCCバーが根元からぽっきり折れている。
ガーンである。

この旅のために、自作したのに。わずか2日目で昇天である。
溶接したところが折れている。なんと不甲斐ない、情けない。このヘタクソめ、と自分を責めるが仕方ない。
仕方なく、荷物を積み直し、折れたCCバーは捨ててやろうかとも思ったが、そういうわけにもいかず、泣く泣くバイクに括り付け、再出発である。
それに、後でわかったことだが、仁徳天皇陵に到着した時、妻に「ついたー」と写真付きでLINEしたつもりが、妻にではなく、職場のグループLINE送ってしまっていた。職場では大笑いだったようだ。チクショー。
なんか仁徳天皇陵界隈ではトラブルばかりである。
仁徳天皇の呪いか、とも思ったが、仁徳天皇に呪われるいわれはない。
全部自分の不手際である。
すいません。
気を取り直し、千早城を目指す。
狭山市を抜け、富田林市に入ると、向こうにガウディのサグラダファミリアみたいな塔が見えてきた。
「何だあれは?」と思い、路肩にバイクを停め、スマホで調べると、
超宗派万国戦争犠牲者慰霊太平和記念塔、通称PLの塔というらしい。
ずいぶん昔からあるようだが、全然知らなかった。
驚いた。地元ではしっかりなじんだ塔のようだが、僕みたいな旅行者から見ると、違和感がすごい。
さらに走り続け、やがて河内永野市に入った。
千早赤坂を過ぎると、道はだんだん山道になってきて、田舎道だなぁと思っていると、次第にクネクネとした山道になってきてきた。
こんな上まで登るのかと思うあたりで、ようやく千早城の看板が見えてきた。
看板には駐車場代600円とある。
はぁ、こんな山の中で?と思うものの、こちらは旅行者である。よそ者である。
郷に入れば郷に従えである。素直に駐車場にバイクを停め、無人集金箱に600円入れる。
「千早城登山道入口」という、恐ろし気な名称の看板の前に立ち、奥をのぞき込むと、急な階段とその向こうに薄暗く深い森が見える。千原城本丸跡である千早神社まで片道40分とある。
まあ、ここまで来ただけで十分だろう。ここで写真を撮って終わりにしてもいいが、まあちょっと登ってみようと自己正当化しながら、登り始める。

すぐに全身から汗が噴き出す。本当に登山道というべき道で、地元の市房山(標高1721m)の登山道と同じである。
とは言うものの、持ち前の粘り強さで、なんとか千早神社まで30分ほどで登ってしまう自分に拍手である。

神社の中は、静謐かつ清々しい空気があり、すごく落ち着く。汗がすっと引いていく。お賽銭を入れ、参拝する。
案内板には、1333年、鎌倉幕府軍20万人がここを攻め、楠木正成ら1000人がそれを迎え撃ち、戦いに勝利したとある。
人数は看板ごとに違うのが面白いが、かなり大きな戦があったのは間違いない史実であり、そんな大きな戦いがこんな場所であったいうことが信じられないぐらい、ここは深い山城である。
駐車場に戻り、荷物をもう一度くくり直していると、駐車場の管理人のおじさんが来て、「バイクは300円ですぅ」と言う。「いや、もう600円払いましたよ」と言うと、「ほな、300円返すわ」と言って、300円返してくれた。なんか気分がいい。得した気分。
通りかかったおばあさんが「こんにちは」と関西弁のイントネーションで挨拶してくれる。河内弁というのだろう。すごく心地いい。
ここが大阪で、自分は今から近畿地方をバイクで走るのだということを改めて実感する。
千早赤坂まで戻り、T字路を右に折れ、奈良に向かう。吉野の山を越えて、明日香村に出るルートだ。御所市を通り、山道から峠を越えると、眼下に奈良盆地が広がる。
これが「まほろばの国」かぁと思う。

高取町に入ると、「観光とくすりの町」という看板を見かける。高取城を目指し、Google mapはどんどん山道を指す。途中、壺阪寺という大きな塔のある寺を過ぎ、さらに高い標高を目指す。ほんとにこんな山の上に城があるのか?と言うような山道だ。まるで、地元の白髪岳(1417m)の登山口に向かう山道のようだ。

時折、高取城はこちらみたいな小さな木の案内板はあるが、このまま行ったら頂上じゃないのかというような、細い山道を用心しながら登っていく。
片側は崖。木々が濃い日陰をつくり、鬱蒼とした山の中を、ハーレーが1台、ボコボコと登っていく。端から見たら、相当滑稽だろうが、すれ違う車もない。
途中のカーブで道路工事のおじさんたちが休憩している。会釈をして通り過ぎる。
ようやく高取城登山口という看板のある場所に着く。
鬱蒼とした森の中に、小さな道がある。どうやら、そこを登るようだ。
案内板には、城跡まで800mとある。この山道をさらに800m、ぞっとするが仕方ない。さっきの千早城登山でできた靴擦れが痛い。
エンジニアブーツで登山するからだ。
こんな険しい山城ばかりなら、登山靴を履いてくるべきだった。本気で後悔。

とぼとぼ薄暗い登山道を一人登る。鳥の鳴き声、木々の葉の揺れる音。
深い山の中に自分だけがいる。苔の湿った匂いがする。
しばらく歩くと、大手門跡に出た。こんな山奥にと思うぐらい大きく立派な石垣である。苔むした感じがなんとも寂寥感を感じる。
さらに上ると、高い石垣が次々と現れてきた。すごく立派な縄張りである。苔むして夏草に覆われた城跡は、遠い昔の記憶を今も残し、眠っているように見える。
まさしく、「夏草や兵どもが夢の跡」である。

この門の上に櫓があって、ここには門番がいて、この道を侍が歩いて天守に上がっていく、そんな遠い昔の様子を想像する。
セミのやかましいぐらいの鳴き声が誰もいない城跡に鳴り響く。
天守跡からは、奈良盆地が遠くに見える。

とぼとぼ登山道を下り、バイクに乗って山道を下る。さっき休憩していた道路工事のおじさんたちが、笑顔で「気いつけてやー」と声をかけてくれる。
高取町から明日香村を目指す。
明日香村、なんて優美な響きであることか。さすが「まほろばの国」である。
今、自分が、古代日本の中心の場所にいるのだというだけで、南九州の熊襲の気分は上がる。
明日香村でキトラ古墳、高松塚古墳を見学。古墳そのものは想像していたよりもずっと小さく、ちょっとした丘が丸く盛り上がっているという感じで、資料館で見た内部の絵の精密さ、鮮明さとのギャップがすごい。

次に亀石を見学。民家の側の道端に、何気に鎮座しているのがおどろきである。この亀石も、ずっと見たかったものの一つである。案内板には、伝説めいたことが書いてあったが、なによりそのフォルムがユニークであり、古代の飛鳥人の美術性に感服である。

ただ、もうあんまり暑すぎて、スマホが熱をもち、カメラが作動せず、亀石の横にある無人の野菜販売所の屋根の下の日陰で、熱さましのためにしばし休憩。自動販売機で麦茶を買い、スマホと自分を冷やす。亀石の向こうに広がる田園風景をぼんやり眺める。
ここが飛鳥の昔、日本の中心だったとは信じられないくらいのどかだ。
ようやくスマホが復活したとところで、次の目的地、法隆寺を目指す。
今回の旅は、近畿地方の100名城で、まだ行ったことのない城に登城することを最大の目的としているが、亀井勝一郎氏の「大和古寺風物詩」を読んで以来、奈良の古寺にも機会があれば、ぜひ行ってみたいと考えていた。
「大和古寺風物詩」は、昭和10年~20年代に、亀井勝一郎氏が奈良の古寺を訪れ、そこでの寺の様子や仏像についての紀行文であり、法隆寺や中宮寺、薬師寺、唐招提寺、東大寺などについて、非常に美しい文章で書かれている。
亀井勝一郎氏が感じた当時の古寺の様子やそこにある仏像を、自分の目で確かめたいと思った。
Google mapを頼りにバイクを走らせるが、このGoogle mapがイマイチ信用ならず、大きな幹線道路だけで行けそうなところを、なんか変な小さな道ばかりを示す。
また、奈良は結構交通量も多く、渋滞まではいかないが、信号停車が多く、強い日差しと暑さの中では、はなはだうんざりする。
法隆寺に行くのに、Google mapは、なぜか法輪寺の前を通るルートを示し、法隆寺の裏手の細い路地を通るよう指示する。
迷いながら、土地の人に、こっちから入ってこられたら困るみたいなことを言われながら、ようやく法隆寺の南大門前に到着。
暑さでイライラする。日差しが痛い。
今、円安で、観光地はどこも外国人でいっぱいということをニュースで連日やっている。法隆寺もさぞかし観光客が多いのだろうと思い、駐車場は大丈夫だろうかと心配していたが、法隆寺には驚くほど観光客はいなくて、ひっそりしている。駐車場はどこもガラガラだ。
なぜだろう。外国の観光客はあまり法隆寺には来ないのか。それともこの暑さのせいなのか。いずれにしても、自分にとってはありがたい。

静寂な境内を見学する。
法隆寺の黄土色の塀と緑の松、そして突き抜けるような青空のコントラスト、
そして、強い蝉時雨が、境内の静寂さをさらに強調する。
金堂と五重塔、釈迦三尊像、薬師如来、玉虫厨子、たくさんの仏像や多くの宝物を見た。

自分にとって一番印象に残ったのは百済観音だ。あの立ち姿には、思わず手を合わせてしまう。中宮寺では菩薩半跏思惟像を見学し、帰りに絵葉書を購入。
次に薬師寺を向かう。もう夕方で、閉門まで1時間というところであったが、ここも観光客は少なく、東塔もじっくり見学できた。

高校の頃、修学旅行で奈良に来た。法隆寺で仏教説話を聴いたと思っていたが、どうやら薬師寺だったらしい。高田好胤管長の法話を聴いたのだろうか。すごく面白かったことだけを覚えている。購買所で思わず、大谷徹奘氏の「静思のすすめ」という書籍を購入。
「大和古寺風物詩」では、薬師寺は荒廃していると書かれているが、今の薬師寺はすっかり復興されている。
薬師寺を後にし、走りながら、薬師寺を振り返ると、東塔、西塔、金堂が見えた。
今日一日、奈良をバイクで走って、今の奈良には、特に、今日参拝した古寺の周囲は、「大和古寺風物詩」に書かれているような、のどかな鄙びた土地に立つ五重塔や金堂みたいな素朴な風景はもうないのだと感じた。
交通量がひたすら多く、全国どこにでもあるコンビニやチェーン店、そしてハウスメーカーの家々が立ち並ぶ風景の中に、わずかながらにでもそうした光景が見られるとしたら、この薬師寺の周りぐらいなのだろうか。

近くのコンビニでガリガリ君を食べながら、三輪山へのルートを確認。
天理の町を通過。天理教のお膝元なのだと思うような建物がたくさんあった。
そういえば、松本君の家が天理教だったなと思い出す。
右手に耳成山が見えた。今回、古寺や仏像とともに、機会があれば、ぜひ三輪山や耳成山、箸墓古墳、巻向遺跡を見たいと思っていた。
なぜかというと、諸星大二郎氏の「魔障ヶ岳」に、その地名が登場するからだ。ファンとしては外せない。
それにしても、ほんと、渋滞がひどい。夕日に照らされ、暑さでイライラしながら、信号待ちをする。
三輪山を近くのコンビニの駐車場から見て、箸墓古墳を見学する。本当に、ここが卑弥呼の墓なのだろうか。巻向遺跡は何にもない原っぱだった。

途中、きれいな夕日が見えた。「まほろばの国」に沈む夕日と思えば、なんだかありがたい。

すっかり夕暮れも深まるころ、今日の宿泊予定地である天理の奈良健康ランドに到着。奈良健康ランドの温泉は噂通りで素晴らしく、仮眠スペースの漫画も充実していて非常によい。
仮眠スペースで「宇宙兄弟」を読む。体は疲れているはずなのに、眠気はまったく訪れず、夜中1時まで読んでいた。
空調も効きすぎで、バスタオルを頭までかぶって目を閉じる。
【今日の走行距離】255km

近畿地方、お寺とお城の旅~1日目~
7月31日(水)
朝から空には雲一つなく、今日の暑さを予感させるような青空。
天気の心配なし。
さあ、これからいよいよ5日間の近畿地方へのバイク旅が始まる。
自分でも気持ちが高揚しているのが分かる。
7:40に出発。人吉ICから高速にのる。
車も少なく、澄み切った夏の朝、自分のペースで気持ちよく走る。
空の青さ、まわりの山々の緑、体をすり抜けていく夏の柔らかい朝の風に、体にずっとくっ付いていて殻のように張り付いていたものが、一つずつ剥がれていくような、体がふっと軽くなるような感覚を覚える。
いい気持だ。心地よい。
八代ICで高速を降り、国道3号線を北上する。
日差しも徐々に強くなり、コンビニの駐車場で日焼け止めを塗り、黒いアームカバー、黒いネックカバー、黒いヘッドカバーを付け、黒いサングラスをかける。
今回はヘルメットも黒なので、全身真っ黒のライダーの完成である。
端から見たら、さぞかし不審者感満載だろうが、まあ、仕方ない。
この日差しの中、少しでも肌を露出したら、大やけどだ。
国道3号線は平日の通勤時間帯のせいか、車も多く、信号の度に止まるような状況で、なかなか距離が稼げない。
今日は夕方までに新門司港に着けばよく、急ぐ旅でも無しということで、のんびり下道を北上するつもりであったが、このままいけば、そんな余裕はないかもしれないということで、植木ICから高速にのる。
大宰府ICで降り、3号線を博多に向け北上。
長浜家に着いたのが、ちょうど昼時。さすがに10人近く並んでいたが、5分ほどで店内に入ることができた。

いつものようにカタを注文。これにゴマを一面にかけて、紅ショウガを添える。
ここで長浜ラーメンを食べてからが、旅のスタートだ。
それにしても、なんだかんだで、4月から毎月ここでラーメン食べている。
そう考えると、結構、博多にも来ているなあと思う。
今回も博多滞在時間20分。新門司港を目指し、再び国道3号線を北上。
日差しは強く、じりじりと肌を焼くようである。
赤間のコンビニで水を購入。がぶ飲みをする。

朝から水を2~4リットル飲んでいるのに、全然尿意を催さない。
全部、汗として蒸発しているのだろう。
それにしても、今日はハーレーと1台もすれ違わない。
バイクもあんまり走っていない。やはり暑いからか。
ほんと、最近の夏は暑する。暑いというより痛い。
そんなことを考えながら走っていると、小倉に到着。
駅前から10号線に入り、新門司港に向かう。
今回は、スマホをタンクにホルダー括り付けているが、強い日差しでスマホの画面が見えず、何度もサングラスを外して、顔を近づけてルートを確認する。
すごく煩わしい。
それに、スマホも暑さで熱をもって、すぐに機能を停止してしまう。
その度に、しばらく冷やさなければならない。
港近くのコンビニで今日の食料を購入。
フェリー乗り場に着いたのは、ちょうど一時間前の16:00。結構時間かかった。

係の人に誘導され、バイク置き場にバイクを停め、出航の手続きを待つ。
もうすでに5台ほどバイクが止まっており、その中に、スポーツスター1台があった。へぇ、ハーレーいるじゃんと思いながら、ナンバーを見ると、なんと「熊本」である。
なんかうれしいような、めんどくさいような感じである。
スポーツスターに乗っているのは若い男性で、幸い、その若者はすごく無愛想な感じで、自分と目を合わせようともしない。よしよしである。
しばらくして、乗船の手続きが始まり、フェリーの中に誘導される。
なんかクジラに飲み込まれるピノキオの気分である。
船内に入ると、まるでホテルみたいに豪華で、わくわくする。
フェリーに乗るのは、大学卒業後、ヒッチハイクで沖縄に行った時以来である。

今日泊まるエコノミーの部屋に入ると、30代前半ぐらいの女性が布団を敷いて寝ているだけで、ほかには誰もいない。
まだ、これから来るのかなと思っていると、そのうち、出航し、どうやらこの大きな部屋に2人きりのようである。
予約するときは、残りあと1人だったような気がするが、みんなとりあえず予約だけして、後からキャンセルするのだろう。

女の人も、こんなおっさんと同部屋じゃ、いやだろうなと思うが、我慢してほしい。
僕のせいではないのだ。
なんか居心地が悪い。
不思議なことに、この女の人は、最初から寝ていたが、次の朝まで寝ていた。
とうとう彼女が起きているところを見ることはなかった。
まぁ、僕は僕で、デッキに出てみたり、展望カウンターで旅日記を書いたり、大浴場に行ったり、ビールを飲んだりで、あまり部屋にはいず、10時過ぎに部屋に戻る。

部屋の空調は寒いくらいで、布団を頭からかぶって、ヘッドライトの灯りで、持ってきた片岡義男の「コーヒーをもう一杯」を読みながら、あっという間に寝てしまう。
【今日の走行距離】289km
【今日のフェリー】458km
